謙遜そんそん

くり返して、くり返して気づいてまたくり返して、立ち止まって研ぎ澄ませて、でもまたくり返してみて やっとこの違和感に疲れて、体感覚で痛感し、そうかそうなのかと気づくことがある。

このたびはクセのお話

謙遜という名の逃げ道をかけだしてしまう古いクセのこと。 逃げてみて安心したかと思ったら、ポカンと空いた落とし穴に落ちてモゴモゴしていたこと。

真っすぐにかけだしたい。ほんとはそれだけ。

 

いま 毎日を生きていて 自分でやってることがわたしの全て。

全てはやってもやらなくてもいい自由の中で、手にふれた目の前のことをひとつひとつ大切にしたいと思う。

もう、私が多用していた謙遜がただのウソになってきてしまった。 恐れから表面を繕っていいわけするのはもうおわりのときなのです。

落とし穴に落ちながらも、自分を信じている自分に気づく。 だいじょぶだよとその都度穴から飛びだして、今はぽんぽんと自分を励ましてあるいている。

それはすごく、うれしいこと。

当たり前だった謙遜がきもち悪くなった自分がうれしい。 クセでまだ出ちゃうんだけど、後味がニガイのだ。 これはもしやへこんでる場合じゃないぞ、このニガさはお祝いだ。

私が謙遜してしまうのは、もう真意ではなくって、ただのクセ。 ついた寝ぐせはちゃちゃっと直して、自分を迎えに行けばいい。

やりたいことをやって 喜びを感じて 大切に思って めちゃくちゃに頑張って。

いいじゃないか、それだけで。 いんや、それが全てじゃろ。

バカにされても間違えても、いいじゃない。 素直にあれば、それがすべて。

認めよう。私の謙遜は謙遜ではなくただの器の浅いごまかしだった。

もっと、暖かいまなざしに潜ってみたい。 見えてきたこんなにこんなに優しい世界。 深く深く流れ込んできもちよく沈んでみればいいじゃんか。不安は全部泡ぶくにして、ぽこぽこポコと吐きだしてしまおう。 それから毎日 自分の呼吸をはじめよう。

私を支えてくれる大切な人たちに、ごめんなさいとありがとう。

謙虚であることと、謙遜することは全く違うことに改めて気づいたこと。 よく気づきました。と甘めのはなまるを。

落とし穴と自分にありがとうを。

ここまでたくさん耕してきた落とし穴は、種をまいてうめましょう。

うん、それがいい。それがいい。 おもしろい。おもしろい。

☆彡

それでは今夜も、おやすみなさい。